文章

[先生]地木幽


私はずっと探していた 理想の少年を
大人しく 従順で 自分を否定しない 少年
近所でよく見かける子供達はみな騒がしかった とても手に負えない
体を動かすのが昔から苦手な方だったし 元々筋肉が付きにくいようだ
だから この細い体では 小学生相手でも暴れられたらキツい
激しく抵抗された上に暴言でも吐かれたら 私は私でなくなり 何をするかわからない
それでも 脳が 身体が 欲していた
写真や動画だけでは もう駄目だった
未熟な秘部に触れたい 穢れのない肌に口付けをしたい 恐怖と快感に支配された顔を眺めたい という思いが一日中脳内を巡り巡っている
日常生活に支障が出始めていた

「地木流さん、調子はいかがですか」
清潔な白い壁 センスの良い観葉植物 
座り心地の良い椅子に深く腰掛け ぼうっとしていた私に主治医が話しかけた
「はい、大丈夫です」
「大丈夫 とは?」
長く通院していると現状報告が雑になってしまうのはいつもの事だが
主治医はそれを見据えていたかのように素早く反応した
「すみません...仕事にも支障が出ない程度に 彼 をコントロールできていると感じています」
「それは良い事ですね」
「はい」私は口角が上がりそうになるのを堪えていた
実の所 コントロールなど出来ていないしする気もなかった
彼は彼で好きなようにやっている 私の目に及ばない所で
本当は こんな所に通っているのも馬鹿らしいと感じている
ただ 監察官に言われて通っているだけなのだ
私には 何があったか知らない 
「特に変わったことはなさそうですので、いつもの薬 また2週間分出しておきますから」
「わかりました」
「2週間後 この時間でいいですか?」
「大丈夫です 、ありがとうございました。失礼いたします」
頭を下げて部屋を後にした
無駄な時間だと思う
私の中に渦巻いている 少年に対する感情 欲望 執着の話はする必要がない
性癖を他人にひけらかす趣味など
私にはない
上着の内ポケットから財布を出して診察代を支払いながら 思考は止めどなく流れていく

<2.公園にて>
子供の頃 日曜日が嫌いだった 父親が家にいたからだ
公園のベンチに腰掛けて 楽しそうに遊んでいる家族を見ながら呪いの言葉を唱えた
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
そうしてから 一人でボールを蹴って遊んだ
樹木を 壁を 遊具を 父親に見立てて力一杯ボールを蹴る
あいつが私の腹を蹴るように
顔だけはやめてよと母は言っていた
芸能界にでも入れるつもりだったのか?
今はもうわからない 何もかも
会いたいなどと微塵も思わないが 本当にわからない 捜索願いも出されていない 
所詮 行方不明者だ
そう思って瞬きをすると 突然白と黒が疎らに見えた
昔の事がフラッシュバックしてくると必ずノイズが走る
瞬間的に汗をかき 耳鳴りがしてくるのだ
私は立ち上がり 手で衣服をはらって歩き出した
コーヒーの空き缶を乱暴にゴミ箱に投げ入れて ついでに先程病院で貰った薬も捨てた
何がわかるというのだろう あの程度の会話で一体私の何がわかったというのだろうか
一旦湧き出した怒りの感情はすぐには消えず 頭を冷やす為に私は公園内を2周ほどする必要があった
日曜日の昼間に 長身の中年が広くもない公園を歩き回っている という図はあまりにも危なかったし
実際子連れの女性達の視線を大分感じていたが...
先程の発作とは違う 冷たい汗をかいた
私は大人の女性が苦手である
教師という職業柄 誰にでも愛想よく接してしまうせいか 好意を持たれる事が多かった
自身の年齢と世間体の問題もあり アプローチしてくる女性の中から1番良しと思う女性を選んできた
大人しく 従順で 自分を否定しない女性
それでも 本気で好きになる事など一度もなかった
まるでつまらない仕事を無心でこなしていくように接する
特にセックスが辛く 苦痛であった
HD内にある.....少年のポルノ動画を思い出して なんとか自身を奮い立たせるしかない
そんな事が続くと 脳は過度なストレスに耐えられなくなりノイズを走らせる
私は気にも留めない 相手がどうなろうと どうでもいいからだ
幸い 暴力を振るった痕跡などもなく 彼女たちは私の元を離れていった
もう一人の私は 女性には優しいのか
そんな いやらしい事を考え視線を落としてにやついた
彼は 私が女性に一切の興味がない事を知っているのだろうか
そもそも 自我はあるのだろうか
意識は 感覚は
私は自分の欲望の事で頭がいっぱいだった

<3.幽谷博之>
公園を彷徨いた後 私は住宅街に入った
平日は学校帰りの子供達が歩いている場所だ
今日は日曜日なので子供の姿はなく閑散としている 時刻は17時過ぎ
暑くもなく寒くもない 風も吹いておらず 歩き続けていた私は少し汗ばんでいた
帰ってつまらないテレビ番組を見る気にもならないし片付けなければならない仕事もない
この住宅街を抜けると国道に出て 更に歩き続けると橋がある
橋を渡るともう隣町だ
いくらやる事がないと言っても 用もないのに隣町まで歩くのは体力的に辛い
やはり引き返そう...そう思って踵を返した時 風が吹いたと思った
汗で少し湿った 長い前髪が揺れる
灰色のアスファルトが赤く染まって見え ノスタルジックな匂いが鼻を通り抜けていく
少年がそこにいた
いた というより 現れた ような気がした
まず目に入ったのは奇妙な風貌だ
顔の半分以上を布で隠しており その布には手書きと思わしき目が付いていた
服は薄汚れていて 背負ったランドセルは半壊し 音が鳴っている
何度かここを通った事があるが このような子を見かけた事がなかった
彼は少し俯き加減で 私の所に一直線に歩いて来る 衝突しそうだ
「きみ」
堪らず声をかけると 彼はハッとしたように顔をあげた
「...ご、ごめんなさい。気づきませんでした」
少女のような声で 丁寧な言葉遣いだった
少年は一礼した後 生きてる人だった。と呟いて私の横を通り過ぎようと斜めに角度を変える
私は自分でも意識しないうちに 彼の肩を掴んでいた
知らない子だ 話しかける言葉も見つからない 
「日曜日なのに、学校行ってたの?」
取り敢えず思いついた言葉を口から出す 絞り出したのだ
まだ一言 時間にして2、3秒しか 彼と言葉を交わしていないというのに
行かせてはいけない 帰らせてはいけない と感じていた
「家はこの辺なのかな」
「........」
肩を掴んだ手を少し緩ませ 彼の前に移動し しゃがんだ
顔に巻いた布のせいで目は見えないが 目線が合った気がする
陶器のような綺麗な肌だ とても白い
緊張しているのか 布から覗く耳と頬が少し紅潮したように見える
明らかに私を警戒していた
「大丈夫、私は教師だから怪しい人じゃないよ」
言い慣れた言葉を吐いて 微笑んだ
左に流している前髪を手で少し梳き 微笑みを絶やさずにじっと見つめる
辺りに人の気配はない
気分が高揚するのを感じた
「...学校は ありませんでした」
「そうだよね」
「ただ...歩いていたんです」
「ランドセル背負って?」
彼がとても言いにくそうにしているのはわかった
布で目は見えないはずなのに 目線があちこちに移動しているのが何故かわかる
「家出してきたんだね」
「......」
沈黙は 私の考えが間違いではない証拠だった
膝に手を置いてゆっくり立ち上がると 彼の肩を撫でる
びくっと肩が震え 不安そうな表情を向けた
「取り敢えず、私の家に行こう。そこで話を聞いてあげるから」
私は 名前も知らない少年を誘拐した
風も吹いていない 暑くもなく寒くもない日だった





[知らない名前]大学生鉈と女   鉈幽



また魘されてる
ゆうこく、ゆうこく、って 知らない名前を呟きながら
何て苦しそうな声で呼ぶんだろう
ゆうこく って何なんだろう?
そもそも人の名前なのか何なのかも私にはわからない
誰も立ち入らない暗い暗い幽谷に 彼が入っていって
そして帰らなくなってしまうようで私は怯えていた



十三とは同じ大学で出会った
見た目と喋り方は..ちょっとちゃらっぽいけど
根は真面目な人だった
彼女の私が改まって言うのも何か恥ずかしいけど
まあ 良い人 だと思う


「ゆうこく って何?」
と聞いてみたことがある
彼はおしゃべりなのに その問いに答えなかった
紙をもった手を握りしめて 鋭い目をしていた
私は ゆうこくという人物(人間だと確信した)と過去に何かあったのだと思い
それ以上何も聞けなかった



その日 私は彼の家にお邪魔した
男の人だから散らかってるだろうと思っていたけど そんなに散らかっていなかった
服は脱ぎっぱなしでそこらに散らばっていたが
ちゃんと整理整頓しているように感じた
買ってきた酒を冷蔵庫にまばらに入れて待つ

「十三?」
十三は部屋に入るなり あの鋭い眼差しになった
どうしたの?と気軽に話しかけれる表情ではない
もしかして、毎晩魘されている ゆうこく に関係が..?

「あー 三途?久しぶり」
十三が急に電話をかけはじめた
相手はよく聞く名前で 彼の友達の三途
「そっちはどうなの         あーそうか」
私を無視するかのように 他愛もない話をしている
私は暗いところで不貞腐れた
「そりゃよかったな 俺?聞きたいか?」
十三が棚を開けて何かを探し始めた
手に持っているの..は 鉈?


「家に知らない女がいる」



[好きだから]鉈幽




今が何時かわからないが 俺は裏山にいる
いつものようにうろつき 土に異変がある所を掘り返している
最初のうちは懐中電灯で慎重に探していたが
最近は何も
ただ探しているだけだ
側から見れば俺は狂人だろう
地面に膝をついて土を見つめていると 人影が見えた
革靴 黒のスラックス 白のタートルネック 俺を見つめる1つの目
「先輩、何してるんですか?」
「探し物してるんだよ」
「何か 落としたんですか?」
「まあそんな所だ」
「よっぽど 大切な物なんですね」
そう 大切なもの
手に入れたくて 守りたくて 仕方がなかったもの
込み上げてくる気持ちを抑え切れずに泣いた
「そう ずっと探してるんだよ 見つかんないんだよ どこにいる??」
情けない顔の俺を1つの目がずっと見つめていた
幽谷 幽谷

[自分探し]幽谷としげる



「見て」
昼休みに柳田くんと喋ってたら 突然見せてくれた白くて小さいもの
「これ何?」
「動物の骨..かな?裏山で拾ったんだ」
目を細めて顔に近づけたり離したりして
彼は嬉しそうに眺めていた
「なんか御守りになりそうじゃない?
穴空けて 紐通してペンダントにしようかな」
「それ 僕にちょうだい」
何となく言ってしまった
別にそれに惹かれたとか そういう訳じゃないけど
「え?」
「柳田くんだと思って 大事にするから」
手を合わせて拝むような仕草をして
彼に無心した
柳田くんは下がった眉を更に下げて
嫌だよ 自分で探してくれば
とだけ言って それをポケットにしまった

[どうして大人になるのかな]地木幽



大人になったら どんな事したい?
小学校で将来の夢について作文を書いたことがあった
僕はたしかサッカー選手になる と書いた気がする
友達は 社長 とか お金持ち とか書いて笑われていた
女の子はお嫁さんとか ケーキ屋さんとか
ちょっと可愛いなって思った
大人の代表といえば みじかにいたのは先生だった
担任の先生は優しい人だった(怒ると怖いけど...)
でも たまに すごく疲れたような顔をしていた
おばけに取り憑かれたようなどす黒いもやもやが
背中から漂っていた時もあった
大人になったら 僕もそうなってしまうんだろうか

「ひろくんは 早く大人になりたいと思った事ある?」
僕を抱きしめる先生
声のトーンはすごく優しいけど わかっている
「ないです」
「そうなの?先生も 出来れば大人になりたくなかったよ」
嫌になる と呟いて笑う先生
この大人は 子供が好きなんだ
子供の僕が好きなんだ
取り憑かれた 黒いもやもやを僕の身体に入れてくるんだ
「地木流先生」
服を脱いで 寒くなった体を押し付けて見上げると
優しい眼差しが落ちてくる
大人になりたかったのかもしれない
でも もうそれはいい
僕はこの大人に 殺されてしまった

[取り憑かれる] 鉈幽


俺には幽谷が見える
他の奴らも幽谷が見えている
触れる事もできる 確かにあいつは存在している
「鉈先輩」
声変わりしていない 少女のような声も
俺には聞こえる
随分と小さくなってしまった
いや 俺がでかくなっただけなのかも
幽谷が死んでると知ったのはつい最近
いつ死んだのかわからない
親族も生きているかわからない
自殺か 他殺か 遺体はどこか すべてがわからない
この学校の奴らは特殊な奴ばっかりで
幽谷が死んでいたなんて誰も気がつかなかった
ここに 存在しているから
「考え事ですか?」
俺は お前の事ばかり考えてしまうよ